労働訴訟を経験して

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―はじめまして―
管理人のスポックと申します

このサイトは、平成13年8月ころ〜平成17年9月までの間のことを書き記しています。

bigkuri

解雇当時は、夫、高2の長男、中1の次男との4人暮らしでしたが、解雇というショッキングな出来事が自分におきて、最初は家族に伝えることができませんでした。

夫が勤務先でパワハラを受けていたため、私が退職するようすすめたこともありますが、彼が再就職して間もなく起きた解雇事件は生活を直撃しました。

大学受験に向かって一生懸命勉強していた長男、

小学校3年からカギッ子になって私の帰りを待ちわびていた次男、

家族のためにパワハラに耐えていた夫、

その家族に「クビになった」とは言えることではありませんでした。

クビになった事を家族に伝えることができたのは裁判を決意した時でした。

すると夫は

よっしゃ、気のすむまでやれば良い。

(実際は「いってもうたれ」)、

長男は

お母さんの好きにすれば良い。その代わり、最後まで頑張りや。

と言ってくれました。

こうして私は家族の応援があって最後まで頑張ることができました。

いろんなサイトや頂いたメールを見ていると、解雇された人の辛さはひとえに「悔しさと情けなさ」だと思います。

ある男性は、解雇通告された日、家に帰ってから家族の前で号泣し、その日「川の字」になって親子で寝たそうです。

またある男性は、解雇通告後、持病の心臓病が悪化し、
心筋梗塞を発症して入院・手術・リハビリの中で訴訟を続けるという苦しい闘いを強いられる人もいました。

原職復帰した人のサイトでは、

家に帰り、妻の前で、初めて声を出して泣きました。

悔しくて悔しくて涙が止まりませんでした。

成人して以来、こんなに泣いたのは父親が事故で不慮の死を遂げた時以来でした。

とありました。

私は、ある有名な医療過誤裁判や泉南アスベスト賠償などで不当にも逆転敗訴させたあの○浦潤判事に、逆転敗訴の判決を申し渡されました。

残念な事に、その判決直前に夫が急死しました。

夫の死と敗訴のダブルパンチで3〜4ヶ月うつで地獄の底を這いずるような生活をしています。

今、ようやく時間にゆとりが出てきていろいろ考えていると、やはり、
陳述書も読んでもらえず企業優先の判決を下され敗訴した悔しさがいまだにふつふつ沸いてきます。

それは、解雇されたよりも、パワハラされたよりもずっと質の違う悔しさです。

この裁判所の狂気に対して、一主婦でも何かできないものかと日々考え、
どこかとご縁を結んで何か社会的な運動に参加するなどして裁判所の暴走を食い止めることに協力したいと思っています。

(残念ながら政治家や弁護士にはなれませんので)

労働訴訟をおこした方々は共通して、お局からのイジメ・パワハラを受けていて、その結果、 解雇されたという経緯があるようです。

しかも会社がきちんとした解雇理由を告げることができていません。

解雇の真の理由は、今となっては良くわかりますが、それは(イヤな言葉ですが)”憎しみ”であるということ。

まさか”憎しみを持っているから解雇する”とは言えませんから、その本当の理由を言わないで何とか他の理由をもってくる所に無理があるため、曖昧・不明になり、会社は、あれやこれやと理由を言ってくるのです。

パワハラ・退職強要・解雇宣告を受けた方、あるいは労働訴訟中、不当判決された方、どうぞめげずに頑張って下さい。


すみませんが

a1380_000074_m_2このサイトは、個人で運営していますが、主に、自分が経験した労働訴訟3年3ヶ月の闘いについて書いています。

勘違いや偏見等で、間違った認識のまま書きなぐっている箇所もあるかもしれません。

陳述書や主張書面は、アップする際に、固有名詞はニックネームに書き直しました。

引用している法律の条文は、調べなおして正確さを期していますが、引用先が間違っていたり、私自身の転記ミスがあるかもしれません。



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