羨望が嫉妬に変わっていった
自己愛性人格障害者のタイプには2つあるとのこと。

1 相手をすごいと思う
2 自分をすごいと思う。
1は、すごい相手と知り合いの自分はスゴイ人物なんだ!というもの。
わが社にはずば抜けて優れた社員がいるが、彼らは現社長が6年前に採用した社員ばかりで、それまでには居ないタイプの社員だった。
従前からいる役員達は、最初から、度肝を抜かれる人達だった。
10名いる役員の面子は、大半が
・自己愛性人格障害者
・ボーダー(境界性人格障害者)
・高次脳機能障害?
・発達障害?
・認知症?
等々で、(主観です)見るからに幼稚な精神の持ち主だと分かる顔つきをした人ばかりだった。
その中で、中心になっているのが自己愛性人格障害者の自己愛ハンニャだった。
・PCのことを一番知っている(という自己愛ハンニャの自己申告)
・書類的なことを全部やっている
自己愛ハンニャは、
前回書いたとおり、ExcelやWordの操作もできず、運転すらまともにできなかった。自己愛ハンニャは普通の凡人だった。
↓
また、周囲の役員たちが障害者(にしか見えない)だったことから、自己愛ハンニャが組織の中で中心人物でいられたようだった。
そこに、普通で凡人だがプログラムを組め、営業が得意な私という社員が入社してきた。わが社にはこれまで居なかったタイプの社員とのことだった。
そしてある日自己愛ハンニャがイキナリ私にこう言った。


自己愛ハンニャの社長秘書さんだけが私を理解してくれるねんの意味が今ならよく分かる。
能力ある自分を理解できるのは、(能力ある)社長秘書さんしか居ない。という意味だったのだ!
その時期の自己愛ハンニャは、私の口調や服のマネをしていたようだった。
特に、仕事の手順のマネは丸パクリのようだった。
自己愛ハンニャと私は部門が違うため、自己愛ハンニャがどんな服を着てきているのか、どんな仕事をしているのか私には全く分からず、後から社長から『自己愛ハンニャさんとあなたは似ているねえ』と言われてビックリするだけだった。



・自己愛ハンニャは(名ばかりの)営業部長で、社内の総務的な仕事を担当していた。
・一方私は、データベース構築のため社長秘書室に缶詰だったが、その作業の目処がついたころから毎日営業に出ていた。本来自己愛ハンニャ等の営業部長たちが営業すべき相手先に、社長の指示で営業しにくのだった。
世の中にはデータベースの構築などできる人はなんぼでも居るし、営業が得意な人もなんぼでも居る。
ただわが社には、そういう人が一人も居なかったから、私が自己愛ハンニャの目にとまってしまったのだろう。
自己愛ハンニャは、(自分で言う狼藉を働きます→)社長秘書さんのようになりたい!と思ったのだろう。
(これって普通にありますよね?この人の良い部分を吸収していきたい!とか考え方を学んで成長させていただきたい!とか。。そういう羨望は人を成長させますよね♪)
横取りその1―服マネ




(あっ、ホンマや~)
私は通常の場合、人の服装などに興味がなかったから、自己愛ハンニャが何を着ているのか認識していなかったが、社員Aさんに言われてから自己愛ハンニャを見ると、え”ッ!?別人やん!と思うくらいの大人の格好をしていた。
私などは、人を見るときは通常はオーラと目しか見ていないようで、自己愛ハンニャの変身ぶりには全く気づいていなかった。
自己愛ハンニャをよ~く見ると、ものすごく良いものを着ているじゃないか?
いきなり○ィトンや○ロエクラスになっているやん。。。
おそらく、自己愛ハンニャは、私が入社するまでは、社内では一番値段の高いものを着ていて勝ち誇って陶酔していたのだろう。
私などは、営業が長いためか、仕事柄経営者と会う機会も多いため、服装は”良いもの”を身につける習慣があるから、自己愛ハンニャたちには初めて見る人種だったのだろう。
まあ、自己愛ハンニャのマネ?によって、が、
になれば、社内の品格を上げることになるからマネも良いだろう。
しかし、その後、自己愛ハンニャは私に対して、服装についても対抗心むき出しの発言をするようになるのだった。

その(イタリア製の)スカート、私持ってる。。
かぶるわ~


そのネックレス、セレブの人が見に付けるもんやで(ベロベロベ~)


ここでお気づきのように、自己愛性人格障害者(メス版)の場合、こちらの方がはるかに良いもの(=値段の高いもの)を着ていたり持っていたりすると、凹ませることができるのだ!
(あっ、でも、一瞬にして敵認定されて何倍もの仕返しをされますよ~)
羨望も嫉妬も、根底に怒りがあって、相手を妬みそねみ憎しむ。。。恐ろしい。
(自己愛性人格障害者がそばに居るだけでエネルギーを吸い取られるから、弱ってくるのよねえ。。相手を隔離=解雇できないから半径3.5m以上は離れましょう♪)
因みに、パーソナルスペースの距離は↓
Level.1 公衆距離:3.5m以上
Level.2 社会距離:1.2m~3.5m
Level.3 固体距離:45cm~1.2m
Level.4 密接距離:0cm~45cm
参考までに↓
羨望[編集]
テオドール・ジェリコーによって描かれたねたみの感情に囚われた夫人
嫉妬(jealousy)と羨望(envy)は、通俗的には同じような意味を持つ言葉として用いられるが、心理学的には異なる2つの感情である。羨望は、自分以外の誰かが望ましいよいものをわがものとしていて、それを楽しんでいることに対する怒りの感情であり、二者関係に基づいている[31]。対して嫉妬は、三者関係で自分が愛する対象が別の存在に心を寄せることを怖れ、その存在をねたみ憎む感情である[32]。
羨望はよい対象を破壊してしまうが、嫉妬は愛する対象への愛情は存在していて、羨望の様によい対象が破壊されてしまうことはない。この点において、羨望は最も原始的で悪性の攻撃欲動であり、破壊衝動である。自己愛性パーソナリティ障害の人物は、自分がほしいのに得られなかったものを持っている人をみたとき、激しい羨望に駆り立てられ、よいものを所有していることをねたみ、憎み、批判し、破壊しようとする。羨望と万能感に結びついた激しい攻撃性は、自己愛性パーソナリティ障害の重要な性格標識の一つである。
健康な発達過程においては、羨望の破壊性が受け止められ、そこから生じる罪悪感や抑うつを十分に体験し、次第に羨望の感情を統合していく。羨望と破壊衝動に結びついた万能感は次第に減少していき、それに伴い分裂排除されていた愛情と感謝への能力が解放されるようになっていく。自らの建設的な償いと、愛情への信頼感が、次第に羨望を減少させ、感謝の感情がやがて永続的なものへと変化していく[33]。自己愛的な人物は、羨望が処理された後に発達するこうした感情が未発達な傾向がある。メラニー・クラインをはじめとするクライン学派は、羨望の精神病理と軽躁的パーソナリティを生みだす躁的防衛が、自己愛性パーソナリティ障害を構成する中核部分であることを強調した[34]
横取りその2―仕事の手順
構築し終わったデータベースを、自己愛ハンニャの執拗な直訴によって自己愛ハンニャのPCにインストールせざるを得なくなったことはすでに何回も書いたが、ふと、自己愛ハンニャのPCの中身を見る機会があって、私は、またまた度肝を抜かれる。
私はデータベース構築と同時に、社内の全種類の書類のひな型も作成しておいたが、そのひな型のフォントや線種などが微妙に変わっていたものが自己愛ハンニャのPCに入っていた。
人の作品を見て自己愛性人格障害者が模倣した、というものだったのだ!

みんな、書類のひな型を作り直したから、これからはアタシに言ってくるように(ニコニコ二~)
役員会議に出席していたウテバヒビキ君が、


これが自己愛性人格障害者だ!
企業に勤める普通の社会人ならベロベロに酔っ払うか、ヤク?でも打たなければ出来ないことを、自己愛性人格障害者はいとも簡単に普通にできてしまうのだ。
一方で、私たち健常者は、相手の自己愛性人格障害者に向かってこんな事はしてはいけないんですよと言うだけでも膨大なエネルギーが要るため、自己愛性人格障害者にされっぱなしのまま立ち尽くすしかない状態に追い込まれてしまうのだ。
人生でこれほどメンドクサイことは無いだろう。
夕飯時に近所の○バハンが勝手に食卓につき、勝手に食って去っていくようなもの。
その瞬間何が起きたのか分からず、どう言えば良いのか全く分からず、○バハンが喰ってる姿を見続けるだけ。。みたいな。。
自己愛性人格障害者が居ると、起きるはずのないことが起きるのだ。
とにかく、このようにして、社内には、私が作成したものとソックリの書類のひな型が次から次に出てくるのだった。
(この時点ではまだ、相手の自己愛ハンニャを、明確に自己愛性人格障害者だと認識していなかったのです♪ 私のミスでした♪)